月別アーカイブ: 2011年1月

大好きな大人

去年の終わりごろ、すごく素敵な大人に出会ったんです。

アントレ編集長、藤井薫さん。

趣味は、乱読。座右の銘は、志をもって、風流に。
http://entrenet.jp/entretalk/01/index.html

彼はこれまでの仕事柄、ものすごく沢山の人と会って、対談やインタビューをしてる。

私は個人的に、一ヶ月に一人、「この人にもうちょっと話聞いてみたい!」と
思った人にインタビューを申し込んでます。それで出会った方。昨日も会食してきた。

彼の話には、
量子力学も、ヘーゲルも、チベット仏教も、バイクレース(数十年やってる)も出てくる。
戻る時は人類が生まれていない時代までを射程に入れるし、数十年先も見て話している。

” ヘーゲルの螺旋的発展の論を考えてごらん?
物事は螺旋のように発展してくということ。上から見ると同じところに
戻ったように見えるけど、横から見ると必ず一段あがっている。
例えば江戸時代は、ラブレターは手紙に文字を書いて届けた。
それから電話ができて、離れていても話せるようになった。
Eメールが生まれたあとは、相手の時間を気にしないで届けられるメールになった。
次は、何になるとおもう? “

ムービーか、ボイスメールになるんだとおもう。
温度感が伝えられて、相手の時間を邪魔しない。夜遅くても送れる。

” 例えば昔は、家というものは、すごく沢山の人で住んでいたよね。親戚もね。
それからおじいちゃんおばあちゃん世代が同居するの二世帯住宅が主流になって、
そしてnLDK時代、核家族になった。”

でも今は、シェアハウスをする若者世代が凄く増えてる。
今、核家族的住みかたをするのはとても効率が悪い。
女の人も仕事をするし(これも昔にさかのぼったり地方にいくと普通なんだけど)、
とても子供を育てられない。
じゃああたしたちはどんな住みかたを提供するか??

” “螺旋的発展”のように これから先のことを考えるだけじゃなくて、
本質的にはぐーっと下に戻ってみるといいよ。
住宅というと、洞穴の時代まで戻る。
洞穴は魂の安住の地だったんだ。
ベースキャンプがあることで、そこを確認して、前に進める。
ハイハイしたての赤ちゃんは、お母さんの手を離れてハイハイして前に進んだあと、
3メートルくらい行って振り返る。
そこでお母さんがいることを確認すると、また前に進める。
でも振り返ったときにいないと、元の場所に戻るんだよ。 “

今は、ソーシャルネットワークで、隠れる場所がなくなっているかもしれない。
そんな時代に、どうやって魂の安住を提供するか?

うちの事業の先を考えるところに、こういう方がいらっしゃって、
すごくすごくほっとしたんだ。
こういう視点で「こんな生活どうですか?」っていう形をつくって、
世の中に出してみて、沢山の人の反応を見てまた形を変えてみる。
そんなやりとりできる立場に、あたしたちはいるんだ。
だからね、楽しんでって。

—-

・好奇心 の条件。
1.何時間でも飽き疲れない
2.見ず知らずの通りすがりの人にそれを伝えて、なんだか好きにさせてしまう

“自分の何がコレなのか、知ってる?
キミのこれは何か、教えてもらえる友人は側にいる?”
“人間は幼形成熟だから、まだ決めなくてもいい。まだあか抜けなくてもいいんだよ。
80歳になっても、「最近ジャズに凝っててね」っていう人だっている。
今はまだ可能性を規定しなくていい。”
—-

江戸の時代は、計画性がない出来事が”風流”だったらしい。
月が綺麗な夜に、旧友が魚を持ってきたりして、本当は済ませないといけない用があるけど
月が出てキミが訪ねてきておいしい魚があって。「いいねえ、一杯やるかい?」
っていうのが風流だったって。
“計画どおり”は無粋だったって。

世の中は無常だから、その楽しみ方の極地に一度江戸で辿り着いたのかもね。
それからまた明治になって、昭和になって・・
がんじがらめになってきたのかもしれないね。

世の中は揺れ動くのだから、無常のいまを楽しんで。
計画にないことが起きたら、「風流ですなあ」といって、楽しめる心を持つと強いよ。


今回も、もっともっとすごく沢山の話を聞いたんだ。
彼の話を聞いてると、すごく安心する。
生きるのが楽になるきがする。(そんなに難しかったのか?)
あと、悩む

せっかくなので、友人や先輩にも紹介したいと思って、数名突然誘って彼とごはんをした。

はまる人そうじゃない人いたかもしれないけど、いつもはそこで
すごく気をつかっていたのだけど(誘っておいてね)、
まあいっかって思うことにした。風流なのだ。
また彼を囲んで、友人達とごはんが食べたいなあ。

大好きな大人に出会えて、嬉しいのです。


中学2年生

中学校に授業に行ってきた。
中学生が、街の職業体験と取材をして、それを雑誌化する授業。
職場体験の事前授業として、「働く」ことについて考えることと
取材の準備をもたせていただくのです。


私は母が先生で、姉も先生で、父も大学で教えている。
妹も先生になろうとしている。
そして私は高校のときに、学校という枠からガタンと外れてみたから、
先生というものは避けては通れないなと思っていた。


会社で募集していて、すぐさま応募したのです。担当は中学2年生。

中学2年生、ガラスのハートでした。
触れていいところと、すぐに割れちゃうところがある。
存在自身がそのままガラスのときもある。

思春期のこのきゅーーんとした感じ、そーだったそーだった、
恥ずかしがりやですごく複雑なんだった、って わーっと思い出した。
大変!みんな生きるのがとても大変そう。(この時期には二度と戻りたくないw)

でも、エイっと思いきってガラスを割りにいってみたり、
恥ずかしがらずに大きく振る舞える雰囲気を一気に作りにいってみると、
たった2コマの間に、みんなの表情も反応も全然変わってきた。

恥ずかしがってプリント見せてくれなかった子も読み上げてくれて、
クラスのあちこちからにこにこ顔と声が返ってくる。

こんな短時間で激変する彼らの様子に、なんだかすごくじーんとしたのです。


中学生のこの時期、どんな大人へも転ぶ可能性がある。
この触れ幅の大きさを知ってしまった。この時期だったんだ。

この時期に側にいる大人が与える 彼らへの影響が計り知れない。
ガラスのハートをちょっとずつ壊してすり減らしながら1年すごしていくか、
上手に揺らしてあっためて、崩したり厚くしたりしながら強くしていくか。

教育ってすごい。そしてこわい。
人を目の前にしてする仕事って、心臓がジンジンする。

母たちの仕事の大変さ、尊さがわかったのです。

職場体験(3日間みっちり)から返ってきた彼らが、どんな風に変わっているかすごくたのしみなのです。



仕事始め所感

今日考えたこと。
まとめてからアウトプットするだけにしていたら、
なかなか残していけないから、書いていくことにした。のです!
考えを残していくことは大事なこと。って毎年年始に思うのだけど。
仕事始めの今日、考えたこと。

・ザハ・ハディドによる”広州オペラハウス”の写真
http://www.designboom.com/weblog/cat/9/view/12701/zaha-hadid-architects-guangzhou-opera-house.html

すごい。
建築ってなんだろーーーー


・去年リストラされて、ベトナムに渡った友人の活躍が、読売新聞に取り上げられた。
http://www.yomiuri.co.jp/osaka/feature/kansai1294013634313_02/news/20110103-OYT8T00154.htm
ベトナムへのツアーを作って、そのプロモーションに日本に一時帰国してます。

一年前、一体どうなるのか分からなかった友人が、一回目の帰国でここまで錦を飾っていてすごい。うれしい!
あせるーーーー って思える状況になってるのが、ほんとによかった。
この記事は日本を悲観しすぎだけど、これがひとつの流れではあります。
リカルドに聞いたイタリアの話を考えると、流れが加速する可能性は
充分に考えられるのかもしれない。


・石山研出身の超変人 坂口恭平さん
http://www.designboom.com/weblog/cat/9/view/12701/zaha-hadid-architects-guangzhou-opera-house.html
「0円ハウス」の本を出した方。自己紹介がもう変人。すごい。週末会う。

建築へのアンチテーゼ、仮設建築。
こういう方を知るときに相対的に感じる平凡さに、さよならしたい。

・A f H Tokyo
帰りは打ち合わせ。
なにをやろうか、どこまでやれるか。それぞれを色んなものが取り巻いてる。
ただ、これはとても素晴らしいことなのは知ってるんだ。

何ができるんだろう??
キーは繋がってきてる気がするんだ。

年末年始に感じた違和感を、忘れないでいたいんです。
今の私には、あいそつかしたのです。